エルサル食べ歩き

エルサルバドルは中米の日本と言われ、人口密度が高く住民は働き者です。そして食事は美味しいけども高カロリーでたっぷり出ます。

とある休日の食べ歩きを紹介します。

dsc00097

エルサルでは年中ココナツが取れ、街道沿いのココナツ屋さんが大きな鉈(マチェテ)で豪快に割って新鮮なココナツジュースを飲ませてくれます。飲み終わった身を割ると、プルプルのナタデココをスプーンで搔きとってお腹一杯食べられます。
しまった!ご飯の前にお腹がいっぱいに。

dsc00111

ランチプレートのこのボリューム!
これにさらに主食のトルティ-ジャがついてきます。
残ったらお持ち帰りもできるんです。

dsc00056

エルサルは県ごとにコーヒーブランドがあるほどコーヒー栽培が盛んです。日本にも輸出しています。今日は伝統的なネルのドリッパーでコーヒーを入れてもらいました。味は・・・ごめんなさい、違いが判らなくて。

dsc00092

職場のドクターのお嬢さん(中学生)が、カップケーキを作ってくれました。日本をイメージして作ったそうです。海苔巻きはマシュマロとマジパンで出来てます。食べるのがもったいないくらい可愛い!味も甘さ控えめで美味しかったです。

dsc00149

揚げ物好きのエルサル人。
屋台のボリューム、半端ありません。
好きな揚げ物を選んだら、チリソースをドボドボかけて・・ハマるんです、この味。

こんな食生活を続けていたら持参した服が全部入らなくなりそうです。
明日から職場のヘルシーな食堂で野菜を毎日食べなければ!

タンザニアに住む動物たち

タンザニアには、東京の約6倍もの面積を占めるセレンゲティ国立公園をはじめ、多くの野生生物保護区があります。 そしてそこには、たくさんの種類の野生動物が生息しています。

2016年12月、タンザニアの南西部にあるムベヤという町で病院関係者等を対象にした研修を実施しました。プロジェクトオフィスがあるダルエスサラームからムベヤまで片道約1000kmの道のりです。ところどころに道路整備の行き届かない地域を横切りながら、ゆられること12時間以上・・研修資材を積んだ車で移動しました。

2身体には少しつらい長距離車移動の唯一の楽しみは、途中の国立公園内でみかける動物たちでした。今回の旅では、シマウマ、キリン、シカ、サル、などなどを見かけることができました。

1

 

 

 

 

多くの動物がもっとも活動的になる早朝に国立公園を通りかかると、希少なライオンの親子の日常にも遭遇するそうです。

共に出張に行ったプロジェクトの現地スタッフは、自分が遭遇した動物エピソードをいろいろと楽しそうに話してくれました。

カンボジアの朝食

「カンボジア王国 国立母子保健センター拡張計画」に係る業務のため、カンボジアの首都プノンペンに滞在しました。

この時期のカンボジアは30度を超える蒸し暑さで、じっとしていても汗が吹き出してきます。
乾燥とは無縁のカンボジアに長い間いれば、きっとお肌もキレイになるのでしょう。
庶民の足であるトゥクトゥク運転手のおじさんたちも、今日も暑いなぁと言って日陰に集まり、美味しそうな実をつけたマンゴーの木の下で列をなしています。

庶民の足、トゥクトゥク

庶民の足、トゥクトゥク

さて、カンボジアの代表的な朝食といえば、ベトナムのフォーによく似ている『クイティオ』です。透明であっさりした豚骨スープとパクチーの香りが食欲をそそります。食べる前にライムや唐辛子系の香辛料などで味を調整しますが、そのまま食べるのが私のお気に入りです。
クイティオはホテルのレストラン、食堂、フードコートなど、街の至る所で食べることができますが、やはり地元の人々で込み合う活気のある屋台でいただくのが一番美味しく感じます。
残念ながら今回は屋台には行けませんでしたが、宿泊先近くの麺屋さんでコラーゲンたっぷりの豚足入りクイティオをいただきました。

代表的な朝食、クイティオ

代表的な朝食、クイティオ

これまでにも何度か訪れている国ですが、南国の暖かい気候とゆったりとした時間の流れ、穏やかで気さくな信心深いカンボジアの人たちに癒され、帰国の際は“また来たい!”と毎回思うのです。
そう遠くないうちに、またカンボジアに行きたいものです。

タンザニアのランチ

2015年5月よりタンザニアでは「地域中核病院マネジメント強化プロジェクト」が開始となり、ダルエスサラームの保健福祉省にいます。

保健福祉省(写真は、保健省)の回りは、ランチができるレストランが数か所あり、毎日選ぶことができます。

IMG_0164

(”Wizara ya Afya”:保健省)

タンザニアのランチの主な主食は、お米、チップス、食用バナナ、ウガリ(トウモロコシの粉を練ったもの)があります。
合わせて、トマト味の鶏肉もしくは牛肉と豆、野菜がついてきます。

その中で、私が一番気に入っている組み合わせは、保健省の近くのレストランで売っているお米とトマト味の鶏肉の組合わせです。

 

IMG_0010[1]

日本でもできそうな料理ですが、なぜかタンザニアで食べるとなぜか格別に美味しさを感じます。

ダルエスサラーム市内には、中華料理、イタリア料理、インド料理やレバノン料理等、色々な国の料理が食べれますが、いつもなぜかタンザニアの料理をしばらく食べていないと恋しくなります。

 

 

 

夏のモルドバ

「モルドバ国医療機材維持管理改善プロジェクト」のため、モルドバ共和国のキシナウ(キシニョフ)市に滞在しております。本ブログを投稿した本日(22日)が夏至でしたが、欧州の他の国と同様に日本と比べて陽が長く、陽が落ち始めるのは20時近くで、完全に暗くなるのは22時くらいになります。日本よりも長い日中に不思議な感じを覚えます。

IMGP4943

キシナウ市内(21時過ぎでもこの明るさ)

そんな日の長いモルドバの夏の旬の果物といえばサクランボです。旬の時期になるにつれ、街中の市場などにサクランボが増え、1キロ10MDL(約70円)程度の激安で購入できるようになります。自宅にサクランボの木がある人も多く、オフィスにはサクランボがあふれるようになります。色は日本のサクランボよりも紫がかかった赤い色ですが、味は日本のサクランボと変わりません。

IMGP4944

オフィスに溢れるサクランボ

もう1つモルドバの夏らしいものを挙げるとすれば、市内の各所にあるカフェで味わえるレモネードでしょうか。レモネードというとレモンの爽やかな風味が特徴の飲物であるイメージがありますが、カフェによってはレモン以外の風味(ストロベリー、スイカ、バナナ!、キュウリ!?)も楽しめます。

IMGP4970

レモネード(スタンダード)

さて現在のところモルドバには日本大使館が存在せず、在ウクライナ日本大使館が兼轄しておりますが、近々モルドバに日本大使館が新設される予定です(同じく日本にもモルドバ大使館が新設されます)。両国の交流を担う大使館が開設されれば、日本人にとってもモルドバがより身近に感じられるようになるのではないでしょうか。安価で質の高いモルドバワインとともに、いつの日にかモルドバ産のサクランボも日本で楽しめるようになるかもしれませんね。

日本では馴染みの少ないモルドバですが、モルドバの人々の日本への関心が高いことがこの時期に開催されるJapan Festivalからもそのことが伺えます。今年2015年が第2回目の開催となるJapan Festivalですが、昨年度1日だった開催期間が早くも2日間に延長されたことからもモルドバの人々が日本とその文化にいかに高い興味を抱いているのかを感じることができました。Japan Festivalの詳細は以下の主催者であるモルドバ日本交流財団様のFacebookをご参照ください。

https://ja-jp.facebook.com/fprmj

ザンビアの家庭料理

2015年3月より、ザンビア保健投資支援プロジェクト(2015-2016)が始まりました。
ザンビアはアフリカ南部に位置し、世界遺産のヴィクトリアの滝でも有名な国です。

私は4月半ばより5月下旬まで約1か月半ザンビアに滞在してきました。
初めての滞在でしたが、この季節は日本の初夏のような気候で緑も多く、とても過ごしやすい国でした。

南半球に位置するザンビアは、6月に一番寒い季節を迎えるということで、地方出張に行った際には木々も紅葉し始めていました。アフリカに来てこのような風景が見られるとは思っていなかったので、感動してしまいました。

写真

ザンビアの木々も少し色づいています

さて、様々な国を訪問する中で、その国の食事をはじめ、生活や文化を知ることは大きな楽しみの一つです。

今回は、とある休日にザンビアの主食である「シマ」の作り方を現地スタッフの奥さんに教えてもらいましたのでその様子をレポートします!

シマとは「メイズ」とよばれるトウモロコシの粉で出来ています。
日本人がお米を食べるように、ザンビアの人たちはこのシマを食べています。

ザンビアでは基本的に手で食べます。私は最初はフォークで食べていましたが、途中で手で食べたほうが便利で美味しいと気づき、最終的には出来立てのシマを火傷をしそうになりながらも手で食べるようになりました。

主食のシマとおかず(魚)

主食のシマとおかず(魚)

人によってトウモロコシの製粉の仕方について好みがあるようで(粗びきや、目が細かいものなど)、夫婦でも好みが違うようです。この点も、日本人が玄米や白米などの好みがあったり、お米の炊き方(水加減)に違いがあるのと似ていると思いました。

シマの出来立てはアツアツのおもちのようで、魚や牛肉、野菜炒め等の塩味の効いたおかずとよく合います。

それでは、作り方を紹介します。

写真 1

まず、シマの原料であるメイズの粉とお湯を用意します。

写真 2
火にかける前に、お湯とメイズの粉を混ぜます。
この時点では、おかゆくらいの固さになるように水分を調整します。

写真 3

その後、火にかけながら混ぜると、だんだん粘度が出てきます。

写真 4

途中でメイズの粉を追加し、だまにならないようにさらに練ります。

写真 1

10分ほど火にかけて、出来上がり!そのあと専用のヘラでお皿に盛ります。
思ったよりずっと簡単で驚きました。

作ったシマは、ザンビアで有名なおかず(カペンタという小魚を炒めたものと、フィンクバラという芋虫を揚げたもの!)と共に頂きました。
美味しかったです!

写真 5

実は最初食べたとき、シマは苦手かな、と思ったのですが、食べ続けると癖になり、
帰国前は毎日食べており、日本にもお土産に持って帰ってきてしまいました。
日本人の口に合うのだと思います。

今回は現地スタッフのお宅に招待していただいたのですが、食べ物を通して現地の生活を垣間見させていただき、とても楽しい時間でした。
そして日本でも同様ですが、誰かと一緒に食事をすると、さらに仲良くなれるのが良いですね!

このようなひとときは、その後の仕事への活力ともなり、とても大事だと実感した一日でした。

ラテンの国:ニカラグア

日本から飛行機を2本乗り継ぎ、遠く離れた中米ニカラグアへ病院建設計画準備調査に行ってきました。
首都マナグアの上空から街を見下ろすと、何やら黄色い物体が点在しているのが確認できます。地上に降り立ち、その正体が明らかに!黄色の物体は『Life Tree』と呼ばれる、黄色い木のモニュメントでした。マナグアの象徴ともいえるこの木は、夜間にはライトアップされ黄金に輝きます。個人的には昼バージョンのほうが好きですが。

    1  2
今回、私は主に首都で医療機材の市場調査を行ったのですが、事前にアポイントメントを取って訪問した先々で「男性かと思った」と言われました。一体なぜ??
なんでもニカラグアでは名前の最後が『o』だと男性、『a』だと女性なのだとか。それを聞いて、いつもメールで『Mr.』と書かれていた理由がようやくわかりました。国によって、名前の由来や法則は特徴があっておもしろいです。
私にとってこれが初めてのニカラグア滞在だったのですが、気候もさほど暑くなく、おおらかで優しいニカラグアの人々からパワーをもらい、おおむね順調に調査を進めることができました。

    3 4
視察先の病院では笑顔あふれるベテラン看護師から熱烈なハグを受け、また、地方のレストランの店先では生後3ヶ月の大きな赤ちゃんに癒されました。どの国に行っても笑顔は世界共通、子どもは可愛いものです。
最後にもうひとつ。この柔らかい赤身のステーキもまた、日々のパワーの源でした。3週間の滞在期間中にどれだけのお肉を食べたのか…。深く考えないことにします。

IMG_0689

スーダン産フレッシュライムの効果

スーダン国カッサラ州基本行政サービス向上による復興支援プロジェクト、母子保健・研修管理マネージメントとして久々にスーダンにきております。

3か月ぶりのスーダンは雨季を終えて若干涼しくなったものの、相変わらず暑さと乾燥が続いています。
大都会での便利な生活にすっかり身体が甘やかされてしまったのか、こちらにきてすぐに喉をやられ風邪をひいてしまった私。
するとスーダン人の同僚が「風邪にはこれが一番だよ!」とフレッシュライムをたっぷりと持ってきてくれました。
温かい飲み物に入れて飲みなさいということで、お湯又は紅茶にハチミツと一緒に入れて毎日いただいています。


スーダン人って本当に心優しいと言いますか、慈悲深いと言いますが、困っているとすぐに助けてくれるのです。
厳しい環境の中での仕事、スーダン人の優しさに何度救われたことか。
看護師の私ですが、今回はすっかり看護されてしまいました(汗)

このカッサラ産ライム、皮が固くて絞りにくいのですが、果汁たっぷりで種もたくさん入っています。
そしてその効果スゴイです!
日ごとに風邪症状が軽快!!

お陰様でもう体調が戻り、来月実施予定のワークショップ準備を進めています。
今度は村落助産師研修のファシリテーターである、助産師・ヘルスビジターを対象にコーチング能力強化のワークショップです。
カッサラライムティーを飲みながら頑張ります!

伊東

モルドバの街並みと人々

医療サービス改善事業準備調査でモルドバを訪れています。

モルドバの首都キシナウは、最近では10度を下回り、紅葉が見頃の季節です。

 

 保健省の入り口

 

キシナウにはトロリーバスが走っています。料金も14円くらいで、大変手頃です。トロリーバスとは、道路上に張られた架線から取った電気を動力として走るバスです。落ち葉が舞い落ちるキシナウの街中を、トロリーバスがゆっくりと走る姿は風情を感じます。

 

景観もさることながら、モルドバ人の人柄も温かく、穏やかで対応が丁寧です。重い荷物を持っていたら必ず持ってくれようとしますし、面談後に院長自らが、病院の外まで見送りに来てくれます。

約束の時間には必ず待っていてくれますし、“5分~10分前行動”の習慣が備わっているようです。17時の退社時間を過ぎても熱心に調査に付き合ってくれます。

これまでの日本の支援に対するモルドバ側の評価も高く、調査を通して日本への期待の高さが伝わってきます。有意義な調査となるよう、頑張りたいと思います。

 

 

モルドバ共和国~世界遺産的ワイン?

首都キシナウを訪れるまで、モルドバがヨーロッパの地図のどの辺に記載されているのか全く知りませんでした。歴史的には、モルダビア・ソビエト社会主義共和国としてソビエト連邦の構成国の一つであり、ソ連崩壊後1991年にモルドバ共和国と沿ドニエストル共和国に分かれて独立した国だそうです。街はソ連時代のあっさりとした建物が残っているものの、行き交う人々の顔はルーマニア系、ロシア系、トルコ系、中央アジア系など様々です。

 

 

 

 

 

さて、今回の私の仕事は、国立の母子専門病院と国立癌研究所の病院機材の調査でした。母子専門病院は、日本でいえば国立成育医療研究センターで、高度医療専門センターとして医療と研究が連携し、母性医療、小児医療などの推進を目指しています。癌研究所は、日本でいえば国立がん研究センターで、癌治療の拠点であり、臨床、研究、人材の育成を実施している、モルドバでもトップクラスの大きな病院です。写真は未熟児で生まれた赤ちゃんを超音波で検査しているところですが、 医師と看護師の手の下の赤ちゃんの小さいこと、お分かりいただけるでしょうか?

未熟児で生まれた赤ちゃんは、少し大きくなると、お母さんと一緒の病室で過ごします。

母乳を自分で飲めるようになったら、めでたく退院になります。写真を撮らせてくれたお母さんが(1,100gで生まれた赤ちゃんは、真ん中のケースに寝ています)、今日少しだけおっぱいを吸ったと話してくれました。もう少し飲む量が増えると退院だそうです。「2~3日様子をみて・・・」という医師の言葉に、「小さな命が救われたのだなぁ。」と思わず感動に浸っていました。

すると、すでに先に部屋をでていた案内人の元院長が「Fujita、Fujita」と腕を振りながら大声で呼んでいます。はいはい、通訳さんは大笑いしてるけど、私の名前はFujitaじゃないし~・・・・と思いつつ、部屋をでました。次は検査室の調査です。検査技師は午後3時半から4時に帰宅するので急がないといけないのだと通訳さんが説明してくれました。元院長はまた「Fujita、Fujita」をニヤつきながら言っています。 「だからぁ~私は××だってば~」と通訳さんに言ったところ、通訳さんが「ルーマニア語で、Fujitaは走るという意味なのよ。先生はFujita Planningに引っ掛けて呼んでるわけ。 走れ、走れと。」とのこと。 Fujitaって走れという意味なんですか・・・ だから うちの社長は仕事が早く、歩くのも超早いわけですな となんとなく納得。でも 社長はルーマニア人ではありません(念のため)。

さて 翌日は癌研究所です。手術室です。手術用のベッドが古いために壊れてしまい、高さの調節ができなくなったので、お手製の木製踏み台を作って手術しているそうです。その日の外科医の先生は身長が193cmもあったため、もっと低い背の人じゃないと写真に臨場感がでないなぁと下手くそなカメラマン いや カメラウーマンの私が通訳さんにささやいたところ、通訳さんが同席していた副院長にお立ち台に立ってくれるよう頼んでくれました。

副院長も快く立ってくださいましたが、大学で助教授として医学生を教え、研究所でも何十人もの研修医を指導し、いわゆる白い巨塔の先生がにっこり笑ってポーズを取ってくださるとは、これまた違った感慨深いものがありました。さて、この先生もFujita Fujitaと言いながら、授業や会議をのぞき2日間ずっと一緒に走りながら、案内してくださいました。とんでもなく大きな病院の調査に走り回った2日間。通訳さんも私もぐったり。

すると、副院長が「私の部屋にいらっしゃい。頑張って調査をしてくれたので、乾杯をしよう。」 とおっしゃいました。時は金曜日の夜7時。へろへろとお部屋に伺いました。そして 先生が出してくださったのがワインです。おぉぉぉ~ かの有名なモルドバワイン!!!!!

しかし、少々歴史を感じさせるラベルの具合。

写真では見えないかもしれませんが、作られたのはソビエト連邦の時代1987年、ゴルバチョフさんが最後の大統領であった時で、瓶に詰められたのが1990年モルドバが共和国主催を表明した年、最後の大統領ゴルバチョフさんの時代が終わった時のワインだそうです。ソ連の栄枯衰勢、モルドバの独立への闘いを示す、モルドバの人にとっては歴史的に貴重なワインです。

「こんな大事なワインは飲めません」と伝えてもらったところ、副院長は「是非持って帰ってください」とおっしゃる。何回かお断りしましたが、通訳さん(モルドバ女性)が「あまり断ると副院長に失礼です。もらってください。」というので、一応お預かりしてきました。この計画が成功したら、こんどはこのワインを持参して、お祝いに参上しますと約束してきました。 今は、狭い我が部屋に保管してあります。

この計画の対象病院が満足できるような計画になることを、心の底から願っています。いつか、この続きをお知らせできるよう頑張ります。

そして、ちなみに、仕事のあとの乾杯は、よく冷えた白のスパークリングワインとつまみはチョコレートとナッツでした。おいしゅうございました。 感謝